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退院
2006年 06月 28日 |
母が3月28日に倒れてから丁度3ヶ月。ようやく退院の日を迎えることが出来ました。
記憶の方はまだまだ曖昧なところもありますが、あとは家で時間をかけてひとつひとつ繋いでいくしかなさそうです。でも、身体的な面では障害らしいものは出ていなくて、これは本当に良かったと思います。最初の医者の説明を聞いて愕然としたことが嘘のような回復ぶりです。最初の病院を出るときに医者が父に言ったそうです。「○○さん、運が良かったですねえ」。この回復ぶりは運がなければありえない程、最初の状況がひどかったのでしょう。病状での運は私には分かりませんが、それ以外で言うと、ドクターヘリが昨年から導入され、わが町がそのエリアにギリギリ入っていたこと。また、天候が良かったことと(日高地方は濃霧がひどいですが、その日は晴れていた)、ヘリが他の地方に飛んでいなかったことも幸いしました。救急車で運ばれた地元の病院の医者は他の病院に連れて行きたかったようですが、救急救命士の方が「ドクターヘリ呼びますか?」と勧めてくれたのも助かりました。実績のない田舎の病院より、実績のある札幌の病院の方が良いに決まってます。
母がリハビリをする中で急に変わった時期がありました。何か母の中での意識が明らかにかわったんです。そのことを母も覚えているのですが、それは、親戚のお姉さんのひとことだったようです。母が「リハビリなんかしなくても、もう元気だし歩けるんだからいつでも退院できる」と言ったことに対して、そのお姉さんはキレたようで「お姉ちゃん(母のこと)!そんなことじゃだめ!もう、他人を泣かせるわけにはいかないんだからね!○○ちゃん(私の姉)も○○ちゃん(私の妻)も泣いたんだからね!みんなだって、もうだめだって泣いてるんだから!」
それを聞いた母は、初めて自分の置かれている状況がつかめたそうです。その前に他人から「ヘリで運ばれた」とか「くも膜下で倒れた」とか聞かされてはいても、自分のために泣いた人がいたという事実はそのとき初めて知ったようなのです。そして、そのときから記憶も繋がり始めました。親戚のお姉さんには本当に感謝です。
とりあえずは、一安心です。が、これからが大変といえば大変です。7月の半ばには昆布漁が始まり、実家は1年で一番忙しい季節になります。その中で母がどう関わっていくか。みんなは休めと言うけど母にしてみたら黙って見ている訳にも行かないはずです。そして、私から見てもある程度のことは出来そうな感じです。無理はさせられないけど、黙って家にいるのもかわいそう。その辺は父が考えることでしょうけど、上手く仕切ってもらいたいものです。そして、もちろん私も協力しなけらばならないでしょう・・・。大好きなキャンプも今年は諦めなきゃならないかなあ。
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by narayan2 | 2006-06-28 22:47 | 雑記 |